成年後見制度と相続(後編)

相続税相談の現場から

前回に引き続き、認知症と相続税について考えます。

父が残した遺言書が認知症である母の遺留分を侵害していたら?

たとえば、相続の場面では、父の遺産分割協議を行う際、相続人である母や子、父の兄弟などが既に認知症だということがあります。
父が遺言書を残し、その中で遺言執行者を指定していれば、遺産分割協議は不要であり、遺言執行者が自分の印だけでほぼすべての財産の名義書換を行えます。

しかしその遺言書が、たとえば認知症の母の遺留分を侵害している場合には問題が生じます。

母に司法書士など専門家である成年後見人がいれば、その成年後見人は母の利益「だけ」を考えて行動しなければならないため、他の相続人に対し、遺留分の減殺請求を行わざるを得ません。
母には十分な財産があり、相続税の観点からは子が財産を多く相続した方がいいにも関わらず、なのです。

成年後見制度を使わなければ、節税できる?

東京国税不服審判所のある裁決事例です。

資産家である被相続人は、認知症かつ悪性のガンでした。相続人は被相続人が亡くなる1ヶ月前に、被相続人名義で2億9,300万円のマンションを購入し(委任状を偽造して定期預金を解約し、被相続人の代理人として相続人が購入契約を締結)、被相続人の死後1年を待たずに2億8,500万円で転売したのです。

このマンションの相続税評価額は約5,800万円で、なんと購入金額の2割以下。
まさに相続税の軽減目的での行為です。
しかし審判所は、納税者間の課税の公平の見地から、マンションを購入金額の2億9,300万円で評価すべきと結論づけました。
仮に、この場合の相続財産はマンションではなく、被相続人から相続人へ相続された「損害賠償請求権」だと指摘されたとしても、その評価額は無断で使った2億9,300万円だということになります。

このように、たとえ成年後見制度を使わなくても、認知症の親の相続税対策を、子が勝手に行うことはできまません

自らの手で老いに備えるには

自分が認知症になった後の後見人の使い込みが心配なら、信託銀行を受託者とする「後見制度支援信託」を利用する方法もあります。
身の周りのことは親族が、小口資金の管理は司法書士などの専門家が行い、残りの金融資産はすべて信託銀行が管理する仕組みです。

最近では、離婚や相続などの家事調停が増え続け、東京家庭裁判所の調停室が不足した結果、東京高等裁判所の一部を、家庭裁判所が間借りしているという新聞記事もありました。家族の実態や多様化に伴って話し合いが長期化し、合意に時間がかかることが要因だそうですが、裁判所に行けば正しい判断がなされ、問題のすべてが解決する訳ではありません。

成年後見制度も万能ではありません。
自分の手で自分の老後を守るなら、自らの意思能力がはっきりしているうちに、遺言書を書き、信頼できる第三者と「任意後見契約」を結んだ上で、自分の老いに備えるという方法もあります。
家族ぐるみで対策を行う場合なら、法人や信託を活用し、財産や収入を個人から切り離すという方法も今後は増えるでしょう。

-相続税相談の現場から

関連記事

相続税の申告を間違えたら、いつまでに直した方が得?

税務署に提出した申告書に誤りがあり、払うべき税金が不足していたことに、ハッと気づいたとします(仮定の話です)。 相続税の申告を直す方法 その場合、正しく直す方法は2通りあり ・納税者側から修正する・・ …

贈与=相続税対策じゃないってホント?

精算課税での贈与に相続税上のメリットはない 生前贈与が相続税対策として優れている点は2つあり、1つ目は、贈与により相続税の対象となる財産の量が減るので、相続税を直接減らす効果があること、2つ目は将来、 …

配偶者居住権 死ぬまで自宅に住める 2次相続時に節税のメリットも

令和2年4月1日以後の相続や、同日以後に作成する遺言から利用できるのが「配偶者居住権」の制度です。活用法や注意点を改めて確認しましょう。 配偶者居住権 導入の背景 夫の遺産の相続時、従来は法定相続分と …

贈与 自分に合う制度選んで

娘が孫の教育費に頭を悩ませています。 まとまった金額を援助したいと思いますが、贈与税の非課税枠を超えそうで心配です。 生活費・教育費の贈与は非課税 子の教育費や生活費は、可能な範囲で援助したいと思うの …

「したつもり贈与」の落とし穴

前回に引き続き、贈与について考えます。 「贈与したつもりだったのに…」という事態を避けるには 他にも「預金の名義を変えたら贈与になる」「贈与税の申告書を税務署に提出し、贈与税を納めれば、そ …

相続税相談の現場から
ブログ